湾岸戦争とは、1991年発生した多国籍軍とイラクの間の戦争のこと。
1990年、国連加盟国であるクウェートに侵攻、併合宣言をするという行動に出たイラクに対し、アメリカなど欧州諸国が一斉に反発。冷戦のもとで対立していたソ連もアメリカを支援、国連安保理が多国籍軍にイラクへの武力制裁行使を容認し開戦された。展開は物量で勝る多国籍軍の圧倒的勝利に終わり、多国籍軍側の死者は100人に満たなかった。ただし、イラク軍の死者は数万人単位といわれている。このときから、人道上軍事施設だけを狙うという「ピンポイント爆撃」が行われ、成果が強調されたが、この当時の軍事技術からいって、誤爆がなかったとは言い切れず、現にそのようなことがあったと指摘されている。いずれにせよ、ここでの壊滅的敗北によって、フセイン政権は存続こそ維持できたものの、2003年のイラク戦争ではもはや抵抗する力もないほど打ちのめされることとなった。CNNなどメディアが戦争の生々しい様子を伝えたが、一方ではお茶の間で「観戦する」ゲーム、または「ゲーム戦争」といわれ、人々の戦争感覚のマヒが指摘された。